大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所小田原支部 昭和58年(わ)51号 判決 1984年11月16日

主文

被告人を無期懲役に処する。

押収してある郵便貯金払戻金受領証一通(昭和五八年押第九三号の2)の偽造部分を没収する。

理由

(被告人の身上、経歴及び犯行に至る経緯)

被告人は、昭和三一年一二月一三日当時タクシーの運転手をしていた父宮内善一、母和子の間の第三子長男として神奈川県平塚市で生れ、同市立富士見小学校を経て同四七年三月市立春日野中学校を卒業し、市内の自動車部品の製造会社に工員として就職したが、半年位でそこをやめ小田原市内にあるビル清掃会社で二、三か月働き、喫茶店のウエイターをし、その後平塚市内で配管工として働いたりしたが、一定の職を長く続けることができなかつた。

この間、被告人は、一三歳のころ万引で捕導されたのを初め、一六歳のころ窃盗を二回犯して保護観察処分に付され、一九歳の時、同五一年一月二四日、親に叱責された腹いせに現に人の居住する建造物である妙安寺と教善寺に放火し、本堂や庫裏などを全・半焼させたうえ、妙安寺の住職の両親を焼死させ、その罪とそれに前後して犯した窃盗、恐喝未遂、道路交通法違反の罪を併せ、同五一年一〇月一九日当裁判所当支部で裁判を受け、当時少年であつたが、不定期刑の最高刑に該る懲役五年以上一〇年以下の刑に処せられ、川越少年刑務所などに五年余り服役し、刑務所内で理容師の資格を取得し、同五七年一月二八日仮出獄し、平塚の自宅に帰つた。被告人は、理容師の資格を生かすため、同年二月一日父が捜してくれた県内中郡二宮町の「モダン」理容店に就職したが、経営者とうまくいかず同年五月ころ退職し、以後、食堂の店員を数日、バッテイングセンターの従業員を三、四日やつたが、早退を続けたことから解雇される等何れも長続きしなかつた。

そこで、被告人は、服役中の知合いに就職先の紹介を頼み、同年七月ころから静岡県静岡市内の静岡ターミナルビル五階にある理容店「メンズサロンスギヤマ」が店員として採用してくれることになり、同店で理容師として勤務したが、給料の前借りをしたり、勤務を休んだりすることが多いため、経営者から注意を受けて同年八月初めから一か月位欠勤し、同月末ころ真面目に仕事をするとの約束をして九月初めから浜松店に配属されて働き出し、一か月ほどはまともに働いたものの同年一〇月一〇日には、同店の釣り銭用などの現金八万円位を持ち逃げし、被告人の母がこれを弁償したため警察沙汰にならずに、同店を解雇されて、再び平塚の自宅に戻つた。その後、同月二〇日ころから平塚市内の石川理容店に勤めたが無断欠勤などを理由に同年一二月四日ころ解雇され、以後職に就くこともなく、同市内などのサラ金業者六社から合計一〇〇万円位の借金をして、飲食店などを飲み歩くなど遊興に耽り、家人らの再三にわたる注意にも耳をかさず無軌道な生活を続けていた。

また、被告人は、仮出獄後、ホステス等多数の女性と交際し、関係を結んでいたが、前記「メンズサロンスギヤマ」に勤務していた同年七月下旬ころ、静岡県清水市内のスナツク「ちえの和」に飲みに行つた際、偶々同スナツクで長野県岡谷市から遊びに来ていた神子柴恵子(当時二三歳)と知り合い、以後交際を続けて同年九月初めころには同女と婚約し、同女に毎日のように電話をかけ、毎月一ないし二回位は、被告人が岡谷市へ行つたり、同女が平塚市へ来るなどしてデートを重ね、同女の歓心を買うため、一回のデートに、およそ八万円以上も費して飲み歩いたり、ホテルに泊つたりする等派手に振る舞い、その資金として前記持ち逃げした金員やサラ金業者から借入れた金員をあてていた。

他方、被告人は、平塚市内のスナツクなどを飲み歩いているうち、同年一二月上旬ころ、同市内のスナツク「ともだち」でホステスをしていた加納みどり(昭和三三年一月七日生)と親密な関係になり、同月二〇日ころからは、婚約者恵子がいるのに、みどりの居住していた同市虹ケ浜一二番二六号第一鈴喜荘五号室に寝泊りするようになり、その間同女の給料等現金七万円を盗み、同月二八日には一旦同女のもとを立ち去つたが、翌五八年一月一七日ころ、ふと同女のことを思い出し、様子を窺おうと電話をしたところ、当時、同女がウエイトレスとして働いていた和風レストラン「花川」で手などに怪我をして仕事を休んでいることを聞き、翌一八日同女を見舞に行つたことが契機となつて、再び同女のもとに寝泊りするようになつた。しかし、この間も被告人は婚約者である恵子と頻繁に電話連絡をとり、一月二一日には三度電話して、翌二二日午後二時ころまでに岡谷市の同女の許まで会いに行く旨の約束をし、その夜は何くわぬ顔でみどりの居室に泊つた。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  同月二二日午前九時過ぎころ起き、「俺は今から長野に行つてくるから。」とみどりに言つて、岡谷市に行くための着替をするために、同女所有のバイクを借りて、自宅に帰り、着替を済せて出ようとした際、妹敦子から、被告人が借金しているサラ金業者から同女の職場に催促があつた旨文句を言われ、内心返済のあてがないので困つたものの、「何とかする。」などと答え、更に、父が被告人に家に滞まるよう言つているのに、これを振り切つて、再びみどりの居室に戻り同女の入つている炬燵に入いると、被告人が恵子に会いに行くことを察したみどりが、「私も一緒に長野へ連れて行つてよ。」と迫つたので、「大事な用で行くんだから連れていけないよ。待つていろよ。」「自分が行くだけの旅費だけしか持つていないんだ。」などと言つて同女の申し出を拒んだところ、同女が「金ならあるわよ。」と言つて炬燵台の上に同女所有の郵便貯金通帳一冊と「加納」と刻した印鑑一個を置き、更に執拗に長野に連れて行くよう求め、「どうしても長野に連れて行けないと言うなら、二人で何処か別のところへ行こう。」と言い出し、これも被告人に受け入れられないとみるや、自分と被告人との関係を恵子にバラす、金で解決してくれなどと言い出していつこうに譲る気配を見せなかつたため、被告人としては、このまま話しても埓があかないと考え、同日午前一一時ころ、「それじや俺は行くからなあ。」と言つて出口の方へ行つた時、急に同女が被告人の背後に抱きつき、「まだ話が終つていない。」と言いながら引き止めようとするので、被告人は身体を捻ねり振り切ろうとしたが同女が離さず、「絶対に長野へ行かせない。」「あんたと彼女の仲をめちやめちやにしてやる。」など言つて被告人を引き止めた。そこで被告人も立腹し、互いに喧嘩口論をしているうちに、被告人は、同女を奥六畳間のベツト上に突き倒し、その際、みどりが本気で被告人と恵子との仲を壊すかも知れないと考え、また、当時、手持金が三万二〇〇〇円位しかなく恵子を訪ねる旅費としては心もとないと思い、いつそ、この場で同女を殺して同女所有の金品を強取しようと決意し、右ベツト上に仰向けに倒れている同女の腹部あたりに馬乗りになり、その頸部を両手で強く絞めたところ、同女の動きが止まつたのでもはや死んだものと思い手を離すと、意外にも同女が息を吸い込むような気配を感じたため、ベツトの脇にあつた女性用ドライヤーのホツトカーラー一個(昭和五八年押第九三号の1)を手に取り、そのコードを同女の頸部に一回巻きつけ、左右に力一杯引張つて絞めつけ、よつて、そのころ同所において同女を窒息死させて殺害したうえ、その直後ころ、同所四畳半の間において、炬燵上に置いてあつた前記郵便貯金通帳(残高一一万三二五一円)一冊及び同印鑑一個並びに同女所有のカラーテレビ一台(購入価格四万九八〇〇円)ほか四点を、次いで右第一鈴喜荘南側路上において同所に駐車中の前記バイク一台(購入価格三万九八〇〇円)を順次強取した、

第二  右強取にかかる加納みどり名義の郵便貯金通帳及び同女の印鑑を利用し、同女の代理人になりすまして郵便貯金払戻し名下に金員を騙取しようと企て、同日午前一一時三〇分ころ、同市菫平八番七号所在の平塚菫平郵便局において、行使の目的をもつて、ほしいままに、同郵便局備え付けの郵便貯金払戻金受領証用紙の払戻金額欄に「一一〇、〇〇〇円」、住所氏名欄に「虹ケ浜一二―二六鈴喜荘一―五号加納みどり」とそれぞれ冒書したうえ、その名下に情を知らない同郵便局事務主任高梨勝をして「加納」と刻した右印鑑を冒捺させ、もつて加納みどり作成名義の郵便貯金払戻金受領証一通(昭和五八年押第九三号の2)の偽造を遂げ、これをあたかも自己が同女の代理人として真正に作成したもののように装つて右高梨に提出行使して一一万円の払戻し方を請求し、同人をしてその旨誤信させ、よつて間もなく同所で同人から払戻し方を指示された同郵便局窓口係員平井洋子から郵便貯金払戻金名下に現金一一万円の交付を受けてこれを騙取した

ものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、刑法二四〇条後段に、判示第二の所為中、有印私文書偽造の点は同法一五九条一項前段に、同行使の点は同法一六一条一項に、詐欺の点は同法二四六条一項にそれぞれ該当するところ、判示第二の有印私文書偽造とその行使と詐欺との間には順次手段結果の関係があるので同法五四条一項後段、一〇条により以上を一罪として最も重い詐欺罪の刑(ただし、短期は偽造有印私文書行使罪の刑のそれによる。)で処断することとし、判示第一の罪については所定刑中無期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるが、判示第一の強盗殺人罪につき無期懲役刑を選択したので、同法四六条二項本文により他の刑を科さないこととして被告人を無期懲役に処し、押収してある郵便貯金払戻金受領証一通(昭和五八年押第九三号の2)の偽造部分は、判示第二の偽造有印私文書行使の犯罪行為を組成した物で、なんびとの所有をも許さないものであるから、同法一九条一項一号、二項本文を適用してこれを没収し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例